クジラの宝箱

絵本や児童文学など、ワクワクするものをまとめるブログです。

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子供時代に帰るブログ。絵本や児童文学を中心に、癒されるもの、ワクワクするものをご紹介します。

『エルマーと16ぴきのりゅう』いつまでも忘れたくない想いがこめられた物語

エルマーと16ぴきのりゅう表紙

1948年に出版された児童文学『エルマーと16ぴきのりゅう』。

エルマーシリーズ3部作のうちの最終巻です!

 

これから初めてエルマーシリーズを読むという方は、1作目『エルマーのぼうけん』、2作目『エルマーとりゅう』もごらんください。

『エルマーと16ぴきのりゅう』の対象年齢

5才~10才

【読み聞かせ】5~7才

・小学1年生~2年生が楽しめるストーリー。

・文章量的に読み切ることが難しいので、読み聞かせにおススメ。

 

【じぶんで読書】8~10才

・小学3年生~4年生に向いている読書量。

・とくに読み聞かせなどで一度読んだことがある子供であると、知っている内容なので読みやすく、読書体験を楽しいと思えるはず。

『エルマーと16ぴきのりゅう』のあらすじ

無事にどうぶつ島から生還し、それぞれ家に帰るために別れを告げた2人。

「エルマーと16ぴきのりゅう」では、住み家のある「そらいろこうげん」にりゅうが帰るシーンからスタートします。

 

いっこくも早く家に帰りたいりゅうでしたが、昼間に空をとんでは人間にみつかってしまうので、夜のあいだだけ空をとんで「そらいろこうげん」に向かっていました。途中で人間にみつかりそうになりますが、出会った牛たちの協力もあって、なんとか難をのがれます。

 

そうして何とか「ごびごびさばく」にまでたどり着きました。

「そらいろこうげん」は「ごびごびさばく」の真ん中にそびえたつ山に囲まれているのですが、その日に限っていつも吹いている砂嵐がおこっていません。

 

りゅうは嫌な予感がし、急いで空を飛んで「そらいろこうげん」に帰ります。

すると、予感の通り、そこには人間たちがいました。人間たちは、砂嵐がなかったので、りゅうたちの住み家である「そらいろこうげん」までたどりつに、りゅうの家族を見つけてしまっていたのです。

 

人間は「りゅうは国中がほしがるから、捕まえてしまおう」と話し、りゅうくんの15ひきの家族が身を潜めるどうくつの入り口に網を張っていました。

 

そこでりゅうくんは、家族を救うために、エルマーに助けてもらおうと考えました。りゅうは急いで、エルマーのいる「かれき町」に引き返します。

 

りゅうくんは、無事に家族を助けることができるのでしょうか。

 

ストーリーのポイント

☑かきたてられる想像力

☑相手への思いやりと優しい気持ち

☑困難にたちむかう勇気と知恵

 

『 エルマーと16ぴきのりゅう』の感想

ここからは、読み終えた感想ですので、ネタバレが入ります!

 

いきなりですが、ラストシーンについて。

 

お父さんが読んでいた新聞に、街にりゅうがいた、しかも背中に男の子がのっていたという記事があります。

「ほら、こうだよ。——日よう日のよるおそく、『そらいろこうげん』のたかい山の中で、まったくしんじられない、せつめいしがたき、一大じけんがおこった。ふしぎなことに、おおむかし、ちきゅう上からしにたえたとおもわれていたりゅうが、十五ひきにげだした——」

 

りゅうを見かけた牛飼いが「あおにゅうどうがいた!」と町でわめいたり、エルマーとりゅうの姿が何人かに目撃されていたりして、最終的に新聞記事になってしまうのです。

 

この記事と数日間お前がいなかったこに、なにか関係があったのか?と問うお父さん。エルマーは、その質問にに対して、「まさか!お父さんは、そんなばかばかしい話を、本気にしちゃいないんでしょう?」と答えて、そこで物語が終わります。

 

 私はこのシーンを読んだとき、エルマーってすごく大人っぽいよなあと思ったのです。

 

例えば、自分だったら、「ぜったい内緒にしてほしいんだけど、実は僕がりゅうを助けてあげてさ・・・」なんて、誰かに自慢したくなってしまうかもしれません。でも、エルマーは家族にも言わず、自分と秘密を知っている友達のネコだけの内緒にします。

 

それは、りゅう君に「きみたち家族のことは誰にも知らさないよ」と約束したからだし、誰にも言わないことが彼らの安全を守ることにつながると分かっているからです。

 

しかし、反対に、この本に出てきた大人たちは、とても子供っぽいなあと思いました。

 

りゅう=危険、だと思っている牛飼いは、りゅうは何もしていないのにも関わらず、見かけで「ばけもの」と決めつけて鉄砲を構えたり、そらいろこうげんにいた大人たちは、「国中の動物園が欲しがるから」という理由でりゅうを捕まえようとします。

 

「お金」という物質よりも、目の前の命のほうが大切。

そんなことは誰でもわかるのに、目の前にエサをぶらさげられてしまうと、そちらを選んでしまう人間の弱さが、この本の中では「大人」を通して描かれていると思いました。

 

エルマーは、「りゅうはあらあらしくて、人間をたべてしまうと本で読んだけど」と話すと、りゅうくんは、「そう言って、騎士がふつうの人たちにそう思わせたのさ。そうすれば、勇敢だって感心するからさ」といいます。自身の欲望のために、都合よく事実を捻じ曲げてしまう汚さも、ありありと描かれています。

 

実際に、新聞記事でも、こうかかれていたようです。

しんぶんには、『今世紀のもっともふしぎなできごと』を、おそろしいすなあらしをおかしてかえってきた、ゆうかんなひとたちがかたったと、かいてありました。

 

大人になっていけば、時間に比例して子供よりも知っていることが増えていくはずなのに、この世界では、子供であるエルマーのほうがよっぽど賢く、勇敢で優しく、正しく描かれています。

 

もちろん、今生きている大人が全員汚く弱いわけではありませんし、この本で伝えたいことは「大人=悪」ではないはずです。

 

年上は尊敬すべきとする風潮は少なくとも現代に残っており、このブログのなかでも「大人っぽい」「子供っぽい」という言葉を使ってしまいましたが、その人が立派であるかどうかに「大人であるか子供であるか」は、本当は関係ないのです。

 

作者は、エルマーを通して、世界の未来である子供たちに大切なメッセージを伝えてくれています。

 

他者を傷つけないこと。

友達を大切にすること。

諦めなければ、困難は知恵で乗り越えられること。

事実と真実は異なること。

 

小さい頃にこれを読めば、「エルマーの行動が立派とされる」ことを、何の違和感もなく受け入れられると思います。読み手と同年代のエルマーは、読み手にとって感情移入しやすく、まさしく「自分」だからです。

 

読書体験では、こういったメッセージを心に刻むことができることが、何よりも大切なことであり、子供たちが大人になったときに残り続ける「未来への希望」になるのではないかと私は思います。

 

このメッセージを大切にしながら大人になった子供たちは、エルマーと同じような子供がいたときでも、りゅうを捕まえるのではなく「りゅうをそっとしておいてあげる環境」を作るために、立派な大人として協力してくれることでしょう。

 

終わりに

実は、エルマーのぼうけんの英題は「My Father’s Dragon」といいます。

この物語の語り手は、大きくなったエルマーの息子です。

 

大人になったエルマーが、このメッセージを子供たちに伝えている。

これこそ、この本に込められた一番の希望であると感じました。

 

これから大きくなる子供たちに、ぜひ、一度は読んでもらいたい物語です。

 今回読んだ本

作: ルース・スタイルス・ガネット
絵: ルース・クリスマン・ガネット
訳: 渡辺 茂男
出版社: 福音館書店